やまさんのお気楽雑記帳 【孤高の人編】
色々な事柄を記事にする「雑記帳」です。 話題は二転三転。 皆様宜しくお願いします。
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やまさん

Author:やまさん
ライブドアブログより引っ越してきました。

趣味は、キャンプやバイクツーリング、読書、インターネット、ゲーム等。
現在独身の♂。ホテルマンやってます。
誕生日は2月22日(ここ重要)
「ブログもプロレス」をモットーに楽しんでもらえるブログ作りを心がけてます。
どうぞ皆様御贔屓に。

前ブログ「やまさんのお気楽日記」
http://blog.livedoor.jp/yamasann0940/


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俺ならもっと・・・・2
つい先日にUPした記事
「俺ならもっと・・・・」
その記事に、和風マクダニエルさんから頂いたコメントに感じたモノがあり、ちょっと深く掘り下げてみようかなと。

まずは彼から頂いたコメントに対しての、私からの返事で
「一部首をかしげる」
と書きましたが、よくよくもう一度読み返してみると・・・・

「なるほど、正論だな」
と感じました。

>報道は“見つかったドジ”をさらし者にしているだけにすぎない気もするのです。断罪するのが目的ではなく。

ニュースはともかく、現在のワイドショーの作り方はまさにそういう印象を受ける。
犯人の私生活まで報道されたり、その家族までもがさらし者になっているような印象も受けたりする。
時には被害者までもが、その対象にもなる。
数年前に起きたある殺人事件で、一人の女性が男性(犯人)宅で殺された。
この事件の特殊性は、被害者女性が「デリヘル嬢」であり、犯人は客だったという事。
一部マスコミがこの被害者の仕事に食いついた。
被害者の家族が、心理的に大きな被害を被った事は想像に難くない。

犯罪に於いて、犯人の親がその責めを受けるのはある意味当然だと思う。
しかし、犯人の子供が責めを受けるような、現在のワイドショー的な報道はやはりおかしいと思うんである。

「耐震強度偽造事件」で、A建築士の妻が自殺した。
自殺は否定するし、気の毒だし、心が痛む。
しかし、彼女がそこまで追い詰められるに至った経緯は理解できる気もする。
つい最近、A建築士の自宅で、彼の息子が友人数名と深夜まで「どんちゃん騒ぎ」をしたと、某週刊誌が批判的報道をした。
「被害者の気持ちを踏みにじる行為」だと断罪していた。
おかしいだろ。
息子はまだ若い。
友人と酒を呑み、騒ぐ夜なんて誰にでもあるだろう。
この件に関して、とやかく言えるとするならば
「もう夜も遅い、近所迷惑だからもう少し静かにしなさい」
くらいのものだろう。
まして彼は「犯人」ではない。関係者ですらない筈である。
責めを受けるべきは、A建築士であり、関与した人間達だけの筈。
被害者については気の毒だとは思うし、許してはならない事件だと思うが、死者が出たワケでもない。
息子までもが槍玉に挙げられるような事件でもない筈なのに。

>「ルールがなくても生きられる社会を“平和”と呼ぶ」のだと思うのであります。

知能が高く、知識も、感情も持つ「人間」という生物が、地球に存在する以上、やはりルールは必要なワケなんだけど、本当の意味で「平和」ってのは和風さんが言うように、ルールが必要ない状態なんだろう。
残念ながら、実現はありえないだろうけれど。
某政党が声高に叫ぶ「頑固に平和」なんて、何も心に響かない。
アレは「他国の事なんかほっとけ」って言ってるのと同じ事。
世界のどこかで紛争が起きている限り、それは平和ではないのだから。

>裁きも“正義”の名を借りた制裁です。
ルールを侵した以上、裁かれるのは当然ですが、
それを正義とは呼んでほしくない。


これについては、ちょっぴり首を傾げたが、言いたい意味は理解できる。
しかし、ルールにのっとって「裁く」のだから、それはやはり「正義」という観念じゃないといかんのじゃなかろうかと思う。
まぁ、これは個人個人で思う事が分かれるだろうなぁ。

>僕が思う“究極の正義”とは
「絶対的力を持つ者が、悪を演じること」です。

これについてはイメージが簡単に湧いた。

「北斗の拳」の

ラオウ

だな。