やまさんのお気楽雑記帳 【大激闘編】
色々な事柄を記事にする「雑記帳」です。 話題は二転三転。 皆様宜しくお願いします。
星が見える名言集100



雑記帳へのお客様

雑記帳にお越しいただいたお客様です!!



今、何人?

いらっしゃいませ!!



カレンダー&アーカイブ

我にも歴史あり(o・ω´・o)b

03 | 2007/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -



バロメーター



FC2ブログランキング

ポチッとよろしく。

FC2ブログランキング



あし@



プロフィール

やまさん

Author:やまさん
ライブドアブログより引っ越してきました。

趣味は、キャンプやバイクツーリング、読書、インターネット、ゲーム等。
現在独身の♂。ホテルマンやってます。
誕生日は2月22日(ここ重要)
「ブログもプロレス」をモットーに楽しんでもらえるブログ作りを心がけてます。
どうぞ皆様御贔屓に。

前ブログ「やまさんのお気楽日記」
http://blog.livedoor.jp/yamasann0940/


Illustrations by 「遼」さま



ブログ内検索



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



Flashリバーシ



ブログ緑化運動w



毒舌肥満度チェッカー



管理人へのお便りはこちらへ

名前:
メール:
件名:
本文:



山口県大津島へ5 周南市回天記念館2
で、ようやく館内に。
展示物は豊富。

まず最初に目を引いたのはこれ。
DSCF0049.jpg

DSCF0050.jpg

※黒木少佐同様、回天の発案者である仁科少佐の尋常小学4年生時の作文及び小説?
品行方正、成績優秀と称されるのもよく分る。
俺とはえらい違いである。

館内には回天の歴史はもちろん、回天の模型、隊員達の遺品、遺書などが展示されている。
その一つ一つをじっくりと見て回る。
今回の旅はココだけが目的。納得のいくまでじっくりと見る。

館内の柱に、隊員達が遺した言葉が刻まれている。
DSCF0052.jpg

「我々はこれからの日本を背負わねばならぬ。我々がやらねば誰がやるのだ」
「国家存亡の秋、じっとしておられないのです」
「国難をすくうためには、青年の熱情による肉弾的活動以外、方法はないと思うのです」
「後輩諸君ニ 犠牲ヲ踏ミ越エテ突進セヨ」
「御国の御役に立ち得たる事を喜んでやって下さい」
「いたいけな子供等を護らねばなりません」
「私は今、青春のまひる前を、私の國に捧げる」
「小生は何処に居ろうとも、君の身辺を守っている」
「晴れの日は、何日後、何年後に来るか知れない。しかし必ず来る」


く・・・くそぅ・・・

じーんときちまうじゃねぇか。


DSCF0051.jpg

※仁科少佐の小学生時代の作品


DSCF0054.jpg


DSCF0053.jpg


DSCF0056.jpg

※映画「出口のない海」で使用された回天操縦席(模型)

DSCF0067.jpg

※吉本健太郎少佐が両親に当てた書簡


ビデオもあった。
生き残った隊員達の貴重な証言ビデオである。
当時の隊員達の生活、敵軍が回天に抱いた恐怖心など全てが興味深い。
しかし一番心に残ったのは、彼等が死んだ戦友たちに抱く思いである。
彼等が口を揃えるように発したのは
「海に来ると今でも無意識に手を海水に突っ込むんです」
目は充血したように赤くなっている。
涙をこらえているように見える。
「海水に手をつっこんでるとね。彼等が『おい〜』ちゅうてね、手を握り返してくれる気がするんです」
「海水にね、手をつっこむと戦友たちの血の塊がね、流れてきてくっついてくれる気がするんです」

これ、それぞれ違う隊員の言葉。
その胸中を思うと、胸が詰まる思いがする。

館内には記念館を訪れた来館者達の為のノートがあった。
読んでみる。
現役海上自衛官や、回天の生き残り隊員と思しき人、小学生などの書き込みも多い。
その中で気になった小学3年生?10歳の女の子の書き込み。

「戦争に行って死んで、しかも負けるなんて最低だと思いました」

まぁ、10歳の女の子だし、この文章自体いくつかの意味合いにも取れるんだけど・・・

「戦争は絶対悪だ。だからその戦争に行った日本兵は悪人だ」

とするような戦後日本教育によるものなら哀しい事だと感じた。
私の「戦争論」については、今まで何度も書いてきたから今更敢えては書かないけれど。
今日の日本の繁栄は、彼等の尊い犠牲の上に成り立っているのは紛れのない事実。

ってなワケで、私も書いてきました。
4月26日付で
FC2ブログ「やまさんのお気楽雑記帳」管理人 やまさん
名義でw
閲覧者少しくらい増えないかなぁ・・・・w

2〜3時間ほどかけて、じっくりと見学。
たっぷりと堪能したあと、記念館の外へ。

石碑もあった。
DSCF0074.jpg


DSCF0073.jpg


烈士達の安らかな眠りを祈りつつ、私は記念館を後にした。



山口県大津島へ4 周南市回天記念館1
いよいよ旅も大詰め。
2連休最終日の26日、8時24分に馬島港に到着。

フェリーを下船後、正面の道を右に行かなければならないところを左に進んだのはご愛嬌。
すぐに間違いに気付き、正しい道を進む。

目的地の「回天記念館」は、港正面の山の中腹辺りにある。
車では登れないが、バイクでは行ける。
咎められる事も無く、そのまま記念館に直行。
DSCF0041.jpg


開館は8時半。
3分ほど早く到着。
開館までに、周辺の写真を撮る。

DSCF0043.jpg

DSCF0042.jpg

※記念館入り口横に展示されている、回天の推進装置の一部と、その説明書き。

DSCF0044.jpg

DSCF0045.jpg

※回天(模型)

DSCF0046.jpg

※記念館に続く道に並ぶ、回天烈士の名前を刻んだ石碑

この時点で8時35分。
未だ館内には灯りもつかず、人の気配もない。

実を言うと・・・・
この時点で、かなりの腹痛を感じていた。
前にも何度か書いているが、私はすこぶる胃腸が弱い。
トイレに行きたいが、周囲には見当たらない。
港まで下りる手もあるが、それよりはここで開館を待っていた方が早くトイレに行けそうだ。
野糞?頭をよぎるが、まさか回天の英霊達が集うこの山に、そんな不謹慎な事が出来るはずも無い。

そこにやっと管理人らしき初老の男性が歩いてやってきた。
ニコニコした、いかにも人柄の良さそうな男性。
「どちらからおいでですか?」
「福岡からです」
と問いに答える。
「おお、そりゃまた・・・。アレですか、バイク雑誌を読んで?」

話を聴いてみると、どうやら比較的最近、あるバイク雑誌でこの記念館が取り上げられたらしく、多くのライダーが訪れたとの事。
「いえ、その雑誌は読んでません。私はこの本を読んで来たんです」
と、一冊の本を肩から下げているカメラバッグから取り出して彼に見せた。
ひでぶさんから教えていただいた「人間魚雷 回天」(ザメディアジョン)

彼の顔がほころぶ。
「おお、それですか。それは良く出来た本でね。資料もちゃんとしていて・・・」

彼との会話もいいが、それより何よりトイレに行きたい私。
「あ、済みませんでした。今開けますから」
そういって彼は館内に行き開錠。
私も無事トイレに。

トイレは記念館裏の別棟だった。
本館とトイレの間に飾られていたこんなものを発見。
DSCF0047.jpg

※訓練中の事故で亡くなった黒木少佐(回天発案者の一人)が、回天内に遺した遺書を再現した銅版


山口県大津島へ5 周南市回天記念館2に続く