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証券会社入社1年目社員 さんへの御返事
カテゴリ: 日々の思い
まず、最初にお詫びを・・・・・

昨日、この記事をUPするつもりだったのですが、疲れが溜まってたんでしょうね。
仕事から帰宅して、昼寝の感覚で少しだけ横になったのですが、目覚めたら夜中の12時でした。
結局記事を書くこともできず^^;
本当にごめんなさい。

さて、タイトルから察しがつくかと思いますが、この記事は・・・
当ブログの記事「特攻隊員の遺書」に“証券会社入社1年目社員”さん(以後、“社員”さんとさせていただきます)から頂いたコメントへのお返事であります。

社員さんからのコメントで、私が知らなかったことが一つ。
>昨日のドラマによれば、穴沢さんは特攻隊として出撃した6回のうち最初の5回は特攻せずに帰還してきたそうです。
これは、私が知らなかった事です。
社員さんからのコメントは、この後、こう続きます。
>おそらく死ぬのにためらいがあったのだと思います。
これを全面的に否定するワケではありません。
何しろ、ソレを知るのは穴沢さん本人だけです。
ただ、当時の状況から推察する事は出来ます。
社員さんのこの見解に対し、この事に関する私の見解は「否」です。

特攻せずに帰還したパイロットは相当数存在しました、。
そして、そうしたパイロットは他のパイロットの士気に影響してしまうので、ひとまず原隊を離れ、福岡の「振武寮」という所に隔離されました。
その帰還理由は様々で、搭乗機の不調、悪天候、敵の迎撃に遭遇などといった「外的要因」
そして死ぬことに対する怖れからくる「内的要因」(人間として当たり前だと思いますが)
振武寮では、事実上、軟禁状態にされ、再教育を施されたそうです。
とはいえ、外的要因が原因であれば振武寮での拘束期間も短く、最短で3日間程度だったそうです。
逆に内的要因が原因であれば、その帰還は当然長いものになったでしょう。

上記のことから、穴沢さんの帰還は外的理由から来るものであったと考える方が自然であると考えます。
5回も内的理由が原因で帰還したのであれば、拘束期間は恐ろしく長いものになった筈です。
ですが、穴沢さんは特攻2ヶ月前の、20年2月に智恵子さんと2人で旅館に泊まっています。
そして遺書の中にある「去月10日」とある事から、同年3月10日にも千恵子さんと会っているようです。
これらの事から、穴沢さんの帰還が、社員さんのおっしゃるような「死を恐れて」からの理由ではないと私は自信をもって発言します。

戦争末期のこの時期、戦闘機の不調は珍しいことでは決してありませんでした。
熟練工の数が足りず、女学生等が組み立てに動員されたという話も聞いた事があります。
それではやはり、航空機の不調も当然でしょう。


社員さんからのコメントはこう続きます。
>私は、この穴沢さんを死に追いやったのは、敗戦濃厚にもかかわらず、自らの保身のために戦争を続行した東条英機ら軍や政府の幹部だと思うんです。
負けが明らかな対米宣戦、2号ゼロ戦等戦闘機の開発の失敗、パプアニューギニアやレイテでの餓死・物資不足、台湾沖航空戦の戦果の誤認、すべてトップの失敗であり、
その結果として、日本人186万人もの命を犠牲にした上に、朝鮮や台湾、南洋諸島、南樺太等の植民地ばかりか千島列島や北方領土等日本固有の領土まで侵略されました。
特攻隊で数千もの若い命に犠牲を強い、挙句の果ての大惨敗。軍・政府トップの責任は計り知れません。そして近衛文麿を除くトップのカスどもは、現場の兵士に対しては「生きて捕虜の辱めを受けず」と死を強制しておきながら、自分たちは自殺すらできずに、おめおめと生き延びました。
「草一本でも武器に変え、食糧に変え戦い続けろ」と教えられた前線の兵士たちは、灼熱の中、自分の足に沸いたウジを食べ、最期は火炎放射器で焼かれたり、生き埋めにされたりと悲惨な死を遂げたにもかかわらず、軍トップは畳の上でピストル自殺することすらできなかったわけです。
東京裁判は先進国の一方的な裁判であり、A級戦犯は被害者だという人が多数いますが、本当にそうでしょうか?


私は東条英機の記した「戦陣訓」とりわけ
「生きて捕虜の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」
には断固反対の立場です。
この言葉のせいで、失われずにすんだ命が多数失われてしまったと思うと、やりきれない気持ちで一杯になります。

が、しかし・・・・
やはり当時の状況として、日本は自ら望んで勝ち目のない戦争に突入してしまったのではなく、アメリカやイギリスに追い込まれ、自衛の為に行なった戦争であったと思っています。

たしかに、陸軍大臣時代は強硬な開戦派であった東条も、首相就任後は天皇陛下の意思を受け(東条は自分の意見よりも、天皇に尽くすことを第一に考えていました)戦争回避の為に奔走する事になります。
しかし、アメリカ側は一切妥協しなかった。
日本が極限までに譲歩した「甲案」「乙案」を退け、アメリカが日本に突きつけたのは、あの「ハルノート」
日本の全面降伏を迫るに等しい「ハルノート」を突きつけられ、日本は開戦に追い込まれたのです。
東京裁判でのインド代表判事であるラダ・ビノード・パール氏(同裁判の11人の判事の中で唯一、被告人全員の無罪を主張)はハルノートについて、こう語っています。
「ハルノートのようなものを受け取れば、モナコやルクセンブルクのような小国でも、アメリカに対し武器を持って立ち上がっただろう」


>近衛文麿を除くトップのカスどもは、現場の兵士に対しては「生きて捕虜の辱めを受けず」と死を強制しておきながら、自分たちは自殺すらできずに、おめおめと生き延びました。
東条は20年9月11日、進駐軍が自分の身柄を拘束しに来た際、持っていた拳銃で自殺を図りましたが、東条が左利きであった為、弾丸が心臓から反れ、死には至りませんでした。
(自殺に使用したのはコルト32口径。東条はかねてから心臓の位置に墨で印をつけ、覚悟を決めていたようです)

長くなりすぎるので、他のA級戦犯については、その気があれば社員さん自身でしらべてみて下さい。
死ぬことだけが責任の取り方では無いのですよ?
そうすれば、私と同意権になる・・・とまでは言いませんが、少なくとも「トップのカスども」という表現にはならない筈だと思います。

>戦前の日本の処刑は残酷

これについては、どういう処刑だったか是非教えていただきたいものです。

社員さんはこうおっしゃっています。
>東京裁判は先進国の一方的な裁判であり、A級戦犯は被害者だという人が多数います・・・
はい。私もその1人です。その事を疑う余地はないと思っています。

>中国なんて関係なく、靖国神社なんかは日本人自らの手でぶち壊すべきだと思います。あのくそ神社のせいで犠牲になった人たちのことを考えれば全くもって当然です。
これには正直驚きを隠せませんでした。
戦死した方々は口々に「靖国で会おう」「靖国で待っている」そう言い残して亡くなっていったのです。
あなたや私がどう考えようが、彼らはまさに「そこに居る」のです。
あなたが日本人であるのなら、あなたの親族もそこに何人かはいらっしゃるのでは?
人種的差別の観点からではなく、あなたが日本人でありませんように・・・と考えてしまいました(失礼)
彼ら日本兵が命を懸けて守った日本。
そしてその彼らの犠牲によってなりたっている、今の日本。
その恩恵に浴している後世の日本人からこんな言葉を浴びせられるなんて、彼らがあまりにも気の毒すぎます。

>また、韓国は外国にもかかわらず、特攻隊に参加したり、日本の工場等での肉体労働等に従事したりと大変尽くしていただいたので、彼らに対しては敬意をもつべきです。
特攻隊に参加したり、日本兵として戦ってくれた方々に敬意を払うことについてはやぶさかではありません。
私は数年前に知覧の特攻隊記念館に行きました。
その際、彼らの魂にも手を合わせました。
しかし、現在の韓国人の姿を見る限り、韓国人全員に敬意を払うなんてまっぴらごめん被ります。


最後になりますが、A級戦犯(嫌な言葉ですね)を「カス」と呼ぶ以上、あなたに考えていただきたい事があります。

あなたなら、あの戦争を回避できたか。

その答えがみつからない限り、あの激動の時代を生き抜いた人たちを悪く言う資格は誰にも無いと私は考えています。

いくつか辛辣な表現になった箇所もあるかもしれません。
その点についてはお詫びいたします。
御返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。

最後になりますが、荒らすワケでもなく、意見の異なる私にキチンとコメントをいただけた事、感謝しております。
おふざけ半分以上の当ブログですが、またお越し下さいね。
(荒らしちゃイヤよ?^^;)


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Edit / 2008.10.03 / Comment: 6 / TrackBack: 0 / PageTop↑
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「ブログもプロレス」をモットーに楽しんでもらえるブログ作りを心がけてます。
どうぞ皆様御贔屓に。

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