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岩手県大槌町支援活動レポート 総括
カテゴリ: 日々の思い
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>>もりしのさん

facebookで探しましたが見つけることができませんでした。
よろしければ連絡下さい。

秘密コメントでも、メールフォームでもどちらでも構いません。
よろしくお願いいたします。

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「岩手県大槌町支援活動レポート 1」
「岩手県大槌町支援活動レポート 2」
「岩手県大槌町支援活動レポート 2 補足」
「岩手県大槌町支援活動レポート 3」
「岩手県大槌町支援活動レポート 4」 
「岩手県大槌町支援活動レポート 5」
「岩手県大槌町支援活動レポート 6」 
「岩手県大槌町支援活動レポート 番外編」 の続きです。



しばらく続けていた岩手県大槌町支援活動レポートも、今日が最終回となります。


「岩手県大槌町支援活動レポート 1」 で記したように、3月の15日~21日の期間、私は昨年の3月11日に発生した東日本大震災に拠る大津波で、甚大な被害を受けた被災地である岩手県上閉伊郡大槌町で復興支援活動を行ってきました。

活動内容自体は側溝の清掃でしたが、期間中は大槌町だけでなく、同様に甚大な被害を受けた釜石市、大船渡市、陸前高田市、宮古市などで被災地の現状を目の当たりにしました。
被災者の声を直接耳にすることも出来ました。

岩手県大槌町支援活動レポートの最終回となるこの記事では、私が現地で感じた事や、今考えていることなどを “総括” という形で記したいと思います。

最初に申し上げておきます。
これはあくまでも私個人の考えです。
今回の派遣で行動を共にした他のメンバーには、一切関わりのないことです。

くれぐれもその点をお間違えなきようにお願い致します。



<被災地の現状>
次の風景を想像してみて欲しい。

あなたは一人、海水浴場に立っている。
海を背にして周りを見れば、多くの海の家や民家、コンビニエンスストア、食堂などが建っている。
小さな子供たちが楽しそうに海岸で砂遊び。その近くではその母親たちが談笑している。
海岸沿いの道に目をやれば、運動部に所属している中学生や高校生がランニングしている。
近くの高校からは、吹奏楽部の生徒たちが練習しているような音が聞こえてくる。
視線をずっと遠くにやれば山があり、その山肌には住宅街が見える。

そんな、どこにでもある平凡な風景が、こんな風景に変わっているんです。
復興支援ボランティア 057

復興支援ボランティア 082 (1024x768)

本当に何も無いんです。
見渡す限り何も無い。
たしかに、家の基礎部分だったり、頑丈な建物の骨格なんかは残っています。
でもそれは、決して “ある” とは表現できない状態なんです。

派遣中に何度かお世話になった、大槌北小学校の敷地に建てられたプレハブの仮設商店街にある無料休憩所で、ある一人の男性と会いました。
その方は佐賀県から復興支援に来ていて、かれこれ半年以上この大槌町で活動しているのだとか。
その男性がこんな事を言いました。

「電話でな、向こう (佐賀県) の奴と話をするじゃん?ソイツが言うの 『そっちはどんな感じなんだ?』 って。で、俺が言うの。 『どうもこうもねぇよ。一回こっちに来てみな』 って。言葉でいくら伝えようとしたって伝わらねーんだよ。自分の目で見てみなくちゃ絶対に解らねーんだから。ね?そう思うだろ」

正直、私もそう思います。

いくら言葉を尽くしても、私がこの目で見てきたモノはきっと伝わりきれていない。
写真で現地を撮影しても、その写真には私の目の前にあるモノしか写っていない。
私の右側・左側、そして背後にも全く同じ風景がある。それが写真には写せない。


現地での移動はレンタカーでした。そしてその車にはナビが付いています。
被災地を走っていると、ナビがドライバーに注意を促します。
「この先踏切です。注意してください」
でも踏切どころか線路すらそこには無い。たしかにそれらしき形跡は残っていますが、そんなアナウンスがなければ余程注意して観察していないと、気づく事は難しいでしょう。

街の様子はそんな感じですが、それでも震災から1年が経過した今、営業を再開した地元のスーパーはいくつかあります。
震災前に比べればその数はもちろん減っているのでしょうが、それでも普通に買い物は出来ます。
生鮮食料品も、アルコールのような嗜好品も、勿論お菓子の類も。冷凍食品だって、アイスクリームだって普通に買うことができます。少なくとも、私たちが買い物で不自由することはありませんでした。
ただ、大槌町から宿までのルートでは店はほとんど無かったので、夕食の買出しなどでは遠回りする必要はありましたが。

「未だ現地では救援物資を必要としている」 という話を耳にすることがありますが、上記のような事からその点については、私は疑問を感じざるを得ません。
刺身のような生鮮食料品ですら、九州産のモノがショーケースに並んでました。
建築資材や作業員が不足していると言うのならともかく、救援物資が必要とされているとは到底思えません。

食堂だってあります。
仮設のプレハブ店舗ではあっても、ラーメンやうどん・そば、丼、焼き鳥、弁当屋。花屋もあるしクリーニング屋だってあります。
少しずつではありますが、現地は確実に復興に向けてその歩を進めています。

「復旧期」 は既に終わりました。これからは 「復興期」 です。

「ボランティアはその役目を終えつつある」 現地で私はそう感じました。
これからはプロの領域だと、私は思っています。
被災者の心のケアはカウンセリング等の資格を持った方がやるべきでしょうし、新たな街を作るのだってプロの仕事でしょう。

ただ、ボランティアセンターの運営などを学ぶ目的で現地入りするのであれば、それは効果が高いと思うし意義も大いにあるとは思いますが。

ボランティアについては他にも思うことがあるのですが、それについては後述します。



<瓦礫問題について>
被災地の復興で、避けて通れないのが、この “瓦礫問題” 。
私はかつて当ブログで、この “瓦礫問題” について記事にした事があります。
その記事がコチラ → 「移動させるべきものが違うだろ?」
リンク先の記事を読んでいただければ判るように、正直、私は瓦礫受け入れについては否定的な立場でした。
しかし、今は違います。記事を書いた当時とは真逆の立場です。

勿論、放射能に汚染された瓦礫は論外です。
しかし、ほとんどの瓦礫はそうではありません。震災で生まれた瓦礫が全て放射能で汚染されていると言わんばかりにに声高に叫ぶ人が一部にいますが、それこそまさに “風評被害” だと言いたい。
かつての私もそこまで極端では無かった。


派遣中、地元に住むある男性と知り合う機会があり夕食をご一緒したのですが、その男性がこんな事を言ってました。

「ガレキの受け入れを反対してる連中には本当に頭に来るよ。そりゃね、放射能に本当に汚染されてるんなら俺だって理解できるよ?でもさ、全然そんな事ないんだぜ?全然大丈夫なのにさぁ。震災で色んな支援をしてもらった。その恩返しはしたい。他のトコに何かあったら助けに行きたい。でも、ガレキの受け入れを反対してるトコには行きたくない(笑)」
「反対派の連中の言い分も意味が解らないよ。 『瓦礫の処分を地元で行う事によって、それを被災者の雇用に繋げればいい』 とかね。何言ってんだ、コイツみたいな感じだよ」


これは前述の
「『どうもこうもねぇよ。一回こっちに来てみな』 って。言葉でいくら伝えようとしたって伝わらねーんだよ。自分の目で見てみなくちゃ絶対に解らねーんだから」
に通じる事なんですが、大槌町のみならず、被災地のいたるところにボタ山のように積み上げられた瓦礫を見て、私は思いました。
復興支援ボランティア 017 (900x675)

復興支援ボランティア 019 (900 675)

復興支援ボランティア 020 (900x675)

『これは全国で分担して処理しなければ、どうにもならないな』

と。

勿論、瓦礫移送の際には然るべき調査機関が放射能の汚染状況を調べ、必要ならばしっかりと除染作業を行い、安全と判断された上で移送し、しっかりと処分する事が大前提です。

いくら政府が 「安全だ」 と “大本営発表” しても、その政府が信用できないんだからどうしようもない。
「本当に安全なのか?嘘つけ。原発事故の時だって 『健康に直ちに影響するものではない』 とか適当な事言ってたし、メルトダウンだって隠してたじゃねーか」
と。
反対派には、政府に対する不信感から反対している人も少なくないだろうし、それは私も理解できます。私自身がその中の一人だったから。

ここはもう、各道府県知事が石原都知事を見習い 「うるさい!黙れ!!」 と一喝して強権を発動するくらいで丁度良いと私は思います。

「絆」 とか 「一日も早い復興を願う」 とか 「何か手助けができれば」 などと言うのであれば、どうか瓦礫の受け入れについて、ご理解とご協力をお願いしたいと思います。



<ボランティアと被災者との関わり方>
この問題について記事にするのは、正直言って今も葛藤があります。

決して側溝掃除が嫌だったワケじゃありません。
被災者の方々を悪く言うつもりも毛頭ありません。
被災者の方々に 「遊ぶな!」 と言うつもりも、 「いつまで落ち込んでるんだ。いい加減に立ち上がれ!」 などと言うつもりも全くありません。


まずはそれをご理解頂いた上で、この先を読んでください。

清掃作業中、住民の方からお菓子や缶コーヒー、栄養ドリンクなどの差し入れをいただいたり、作業している私たちの横を通り過ぎていく車が、その速度を緩めて私たちに頭を下げてくださったり、わざわざ窓を開けて 「ありがとうございます」 と声を掛けて下さったりといった事は一度や二度ではありませんでした。
その度に 「少しは役にたっているのかも」 と少し誇らしい気持ちにもなれました。

側溝にはめられた蓋は、大の男である私たちにとってもかなり重たかったし、女性や高齢の方にはとても大変な作業だと思います。

私自身、今回の派遣が決まった際 「俺に出来ることなら何でもやる」 と決意していたので、作業内容が側溝清掃だと聞いた時にも、その決意は揺らぎませんでしたし、作業中、嫌気が差したことも全くありません。

しかし・・・・・・

私たちが “ドブさらい” しているその横で洗車をしていたり、けたたましい音を立ててふざけた走り方をしている改造バイクの若者を見たときは、正直 「何か違うんじゃないの?」 と思ったのも事実です。

「洗車するな」 とは言いません。しかし、時間をずらすなりの配慮くらいは欲しかった。

「バイクに乗るな」 とも言いません。しかし、おとなしく走るくらいの配慮は欲しかった。

悪気は無いんでしょうが、こんな話も住民の女性から聞きました。
「震災前までは自分たちでやっていたんだけどね」
『え?だったらボランティアじゃなくても、自分たちで出来るんじゃん』
と思ったのも事実です。

本当は自分たちで出来ることでも
「まぁ、せっかくボランティアが来てるんだから、やってもらえばいいんじゃない?」
みたいになっているのだとしたら、それは悲しい事です。

手助けはいくらでもします。しかしそれは、自力で立ち上がってもらう為の手助けであるべきです。
本当にボランティアを必要としているのであれば、喜んでやらせていただきます。それが “ドブさらい” でも、もちろん喜んでやらせていただきます。

しかし、震災から1年が経過した今
「被災者の方々が自力で出来ることは、自力でやってもらう」
そうした考えがあっても良いのではないでしょうか。



<復興は可能?>
変わり果てた自分が生まれ育った町を見下ろしながら、被災者の方が私たちに言いました。

復興支援ボランティア 043 (900x675)
「復興復興って言うけどさ、あの町を見てよ。出来ると思うかい?地震じゃ倒れなかった。ボロボロの古い家だって倒れなかった。右に倒れてしまう前に左の揺れがくるからさ、食器棚の食器だって落ちなかった。津波だよ。全部津波が持っていっちまった。津波が来た場所に誰も家なんか建てたくねぇよ。復興なんてできねぇよ」

「復興」 私自身も使っているし、きっと皆様もこの言葉を何度となく使っていらっしゃるでしょう。

ではここで、少しこの言葉について考えてみてくださいませんか?

「復興」 って何なんでしょう。
一体何をもって 「復興」 と言うのでしょう。
どんな状態になれば 「復興した」 と言えるのでしょうか。

少し考えてみていただいて、考えがまとまったらこの後を読んでいただければ幸いです。
さぁ、シンキングタイムです。









どうですか?

きっと色んな考えが浮かんだのではないかと思います。

町を元通りの姿に戻す事。強固な防潮堤をつくり町を再建。耐震・免震に優れた住宅の建設。人によっては避難用シェルターの準備・・・色んな事が頭に浮かんだのではないかと思います。

人によって色んな意見があって当然だとは思うのですが、たった一つだけ言えることは

「町を元通りにしただけでは意味がない」

という事じゃないでしょうか。
それは 「また津波がきたら云々」 という意味ではないのです。

こんな話を地元の方から聴きました。

「復興復興って言うけどさ、一体どういうのを復興って言うんだろうね。町を元通りにしたって意味ないんだよ。だって商店街なんて震災前でもシャッター商店街だったんだぜ?そんな町に戻したってなぁ・・・ただでさえ人は大勢死んだ。行方不明つったって・・・なぁ・・・?遺体が見つかっていないだけなんだから。そりゃどこかで生きていて欲しいとは思うけど、正直厳しいよな?生き残った人間だって町を出ていったヤツも大勢いる。建物だけ建ったって仕方ねーんだよ。中身が伴わなきゃ」

なるほどたしかに・・・そう思わずにはいられませんでした。

簡単に答えが出る問題ではないのは確かです。
瓦礫の問題と同様、日本に住む私たちが考えていくべき問題だと思います。



<明日へ!>
派遣期間中、宿でこんなニュースを観ました。

大槌小学校の卒業式。
卒業文集に女子児童が書いた作文が、印象に残ったので覚えている範囲で紹介します。




あの震災以来、私は心の底から笑うことが出来なくなってしまった。
~ 中略 ~
しかしある日、私は気づいたのだ。私たちはあの震災を忘れるのではなく、乗り越えなければならないのだ。と。




乗り越えよう。
そして支援の手を差し伸べてくれた諸外国に 「やっぱり日本は凄い」 と言わせてみせましょう。




最後に。

震災でお亡くなりになった、犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りいたします。
そして被災した皆様へ。
またいつか、必ず一緒に笑いましょう。




4/3のお客様
1  jp  日本  441  96.3%
2   net  不明 (ネットワーク組織)  9  2.0%
3  com  不明 (米国営利組織)  6  1.3%
4  au  オーストラリア  2  0.4%


6年前の4/4は、こんな記事書いてました。
みんな!見てみれ!!!
まさか・・・読んでるのか?
一人じゃ恥ずかしくって
こんな事件がありました
俺の後ろに何かいる2


07:05 UP


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Edit / 2012.04.04 / Comment: 6 / TrackBack: 0 / PageTop↑
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やまさん

Author:やまさん
Illustrations by 「遼」さま

ライブドアブログより引っ越してきました。

趣味は、キャンプやバイクツーリング、読書、インターネット、ゲーム等。
現在独身の♂。
誕生日は2/22(ここ重要)
「ブログもプロレス」をモットーに楽しんでもらえるブログ作りを心がけてます。
どうぞ皆様御贔屓に。

前ブログ「やまさんのお気楽日記」
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