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袴田事件のDNA型鑑定 弁護側、検察側も「DNA不一致」
カテゴリ: 時事問題
つい先日、バイクショップに遊びに行った時に他の常連さん達とワイワイ雑談していたら 「ワンピース」 の話になりました。
「でもアイツら海賊じゃないよね」
「他の船とか襲わないもんね」
「お宝奪ってないよね」
「海賊じゃなくて、人助けしてまわってる義賊だよね」
どうも。僕です。

マニアの人、ムキにならないでね。
僕たちワンピースヲタじゃないので、そこまで真剣に話してないから^^;



さてと。
度々このブログで取り扱うテーマの一つ 「死刑」 。

何度も書いているけれど、私は死刑推進派。
ただし。
それは、当然のことだが冤罪の可能性がない事件に限っての話。

今回、ここに記す通称 「袴田事件」 は、私自身も冤罪だと考えている事件の一つ。


<袴田事件とは>
■ その夜の出来事

 死体は四体。石油のような油をかけられ、火をつけられたので、四体とも黒焦げだった。もちろん家屋も焼失した。

火災が起きたのは、一九六六年六月三〇日の午前二時少し前である。場所は静岡県清水市横砂。惨劇は、味噌製造会社専務の居宅兼事務所で起きた。殺されたのは、専務 (41) の他、妻 (38) 、次女 (17) 、長男 (14) の四人。長女は、別棟に寝ていたので助かった。                      

メッタ刺しにされた死体の刺し傷はあまりに多く、正確な数はわからない。四人の傷の総計は、少なくとも四五ヵ所。警察は、焼け跡から発見されたクリ小刀一本を凶器としたが、先端がわずかに折れていただけだった。刃こぼれもしていない。また、警察の調査によると、約八万円のカネが奪われたというが、橋本家にあった多額の金品は、手つかずに残されていた。

■ アリバイ

 「こがね味噌」の従業員だった袴田巌さん (30) は、仕事が終って夕食の後、橋本家に近接した工場の二階にある寮の自室に帰った。同僚と将棋をさした後、テレビドラマを見た。午後一一時過ぎ、パジャマに着替え、消灯し寝た。

 消防車のサイレンの音で目がさめた。グッスリ寝こんでいたので、しばらくの間ウトウトした。 「店が火事だ」 という隣の部屋にいた同僚の叫び声に飛び起き、パジャマのまま自室を出て駆け降りた。気持ちが動転していたが、とにかく水をかけなければと思い、工場の中でバケツを探した。同僚が 「消化器、消化器」 と大声で駆けてきたので、一緒に探したが見つからない。やっと消火栓に取り付けるホースを見つけ、同僚たちとホースの束を持って、事務室の前にある消火栓に走った。土蔵の後ろにある物干台に上り、屋根によじのぼった。足をすべらして落ちた時、ブリキか何かで左手の中指に怪我をした。火事は二〇分程で鎮火した。消火作業中に水をかけられズブ濡れになった。

 その後自室に戻った袴田さんは、とりあえず中指の怪我の出血を止めるために、手ぬぐいを引き裂いて縛った。消毒をしなかったので、後に傷跡が化膿して医者に見てもらうことになった。

 これが事件当夜の袴田さんの取った行動のすべてである。アリバイは完ぺきで、袴田さんと事件との関係は皆無だった。

■ 自白の強制

 八月一八日、袴田巌さんが逮捕された。彼は一九日間、無実を主張し続けたが、連日の厳しい取り調べに、モウロウとした状態になり、ついに九月六日、警察の筋書き通りの犯行を自供させられた。その内容は、おおよそ次のようなものであった。

 六月三〇日の午前一時過ぎ、クリ小刀をパジャマのズボンのヒモに落としざしにして、寮の自室を出た。隣家の楓の木から専務宅の倉庫の屋根に移り、雨樋(あまどい)を伝って中庭に降り、侵入した。家人に発見され、専務を殴り倒し、専務以下四人をクリ小刀で殺害、現金を強奪した。その後死体に混合油を振りかけ、マッチで火をつけて逃げたというのである。罪名は「住居侵入、強盗殺人、放火」だった。

 しかし、この自白を裏付ける物的証拠は何もなかった。警察は、袴田さんを容疑者ときめつける物的証拠を何も発見していなかったのである。元プロボクサーだから「やりかねない」という先入観が、捜査官の頭を支配したらしい。警察の内部文書にも、こう書いてある。

 「本件は、被告人の自白を得なければ、真相は握が困難な事件であった」。

 則ち話は逆なのである。警察は、袴田さんに嫌疑をかけ、逮捕する充分な証拠は何一つ発見していなかったのである。

 こうなれば捜査官は、無理やり袴田さんの 「自白」 をとる以外に手はなかった。一日の取り調べ時間は、平均一二時間。最高は、実に一七時間にのぼった。袴田犯人説は、警察の拷問が作り出した虚構であることは明白だった。

■ 迷走判決

 一九六六年一二月一〇日、静岡地裁で公判が始まった。袴田さんは、公判開始から終始、無実を主張した。しかし六八年九月一一日に出された判決は死刑だった。最高裁でも上告棄却され、一九八〇年一一月一九日、死刑が確定した。

 一審判決文は、死刑判決を出す根拠にとぼしい、およそ日本語としても支離滅裂の文章だった。提出された袴田さんの供述調書四五通のうち、証拠として採用されたのは、たった一通だけである。しかし他の四四通の内容と異なった特別の内容があったわけではない。即ちこの一通の自白調書を採用した論理的根拠は何もなかった。

 判決文では、専務と格闘の具体的状況は不明。妻、二女、長男を刺殺した順序も不明というていたらくだった。また、最初検察側は、犯行時はパジャマを着用していたとしていたが、殆ど血痕がなかった。公判が袋小路に迷い込み始めた六七年八月三一日、突然、工場内の味噌タンクから発見されたということで、大量の血痕が付着した五点の衣類が証拠として提出された。ところが、味噌タンクに入れた際の具体的状況及び日時も判決文によれば不明というのである。具体的には、犯行の実体については、分からぬ一点ばりなのである。

 このような小学生の作文以下の判決文の矛盾を指摘することは簡単である。然し、再審請求棄却決定の文章の中でも一言もふれていない、全く反論出来なかった 「五点の衣類」 についてだけ述べることにする。なぜなら、袴田さんを犯人として立証できる唯一の物的証拠は、まさにこの 「五点の衣類」 だけだからである。

 血染めの五点の衣類とは、スポーツシャツ、ズボン、白半袖シャツ、白ステテコ、ブリーフである。血痕の付着状況を血液型で見ると、スポーツシャツはとA、ズボンはA、その下のシャツはBとA、ステテコはA、ブリーフはBとAである。専務の血液型はA型で、万べんなく付着している。妻はB型で、シャツとブリーフだけ、長男は型だが、これはシャツだけである。二女の血液型はO型だが、一〇カ所も刺されているのに全くついていない。血痕付着の整合性があるのは専務だけである。妻のB型血液は、ズボン、スポーツシャツ、ステテコを飛びこえて、シャツとブリーフだけについている。長男のも不自然である。血液の付着状況は経験則に明らかに反しているのである。

■ 凶器とされたクリ小刀の問題。

 この問題に入る前に、二〇〇〇年一二月三〇日から三一日にかけての深夜、東京世田谷区上祖師谷で起きた、一家四人全員が惨殺された事件を想起してみよう。

 被害者が受けた傷は、それぞれ十数カ所。合計三十数カ所であった。凶器は文化包丁と柳刃包丁である。文化包丁は先端が折れ曲っていた。柳刃包丁は先端が三つに折れていたとのことである。犯人の手についていたと思われる血痕もおびただしくついていた。

 袴田さんは右手にクリ小刀の柄をにぎり、四四回も四人の被害者を突き刺したことになっている。しかし彼の手の平には、まったく傷がついていなかった。袴田事件の判決文によっても、袴田さんの右手の甲と右上腕部に小さい傷があっただけである。もし袴田さんの犯行であるならば、四四回に及ぶ刺突で、袴田さんの手の平も甲も血まみれになったにちがいない。クリ小刀には鍔つばがついていないからである。しかし彼の手の平には切傷がついていなかった。

 第二に、クリ小刀は、先端がわずか一センチ程度折れた程度で、あとは原形をとどめたままである。刃こぼれもない。

 また検察調書で、袴田さんが逃亡したとされている裏戸の問題について、 「救う会」 の木下信男氏が 『裁判官の犯罪 「冤罪」 』 で、詳細で正確な反論を行っている。

 供述調書によれば、袴田さんは、裏戸にかかっていたカンヌキを右によせ、扉の下にあった石や留め金をはずしただけで、上の留め金ははずさずに、下の方を体の出入りできる位開け、無理な姿勢で外に出たことになっている。

 しかし第一審の法廷で、消火に駆けつけた住民の一人は、裏戸は 「押しても引いても、びくともしなかった」 と証言している。そのため消防士らが体当りで裏戸を押し開けた。そのときカンヌキは二つに折れたのであると木下氏は指摘している。即ちカンヌキはかかっていたのである。そうであるならば、裏戸脱出後、どうやってはずしたカンヌキを外からかけなおすことができたのか。

 このように裁判に提出された証拠群は極めて不自然で、作為のあとが色濃く出ている。何故このようなことが起きたのか。公判の行詰まりにあわてた警察の方で、これらの 「証拠」 をネツ造したとしか考えようがない。しかし棄却決定でもこれらの問題には全く触れていない。この点こそ袴田無罪を証明する核心的な証拠なのにである。

 こういう殺しの証明法でいけば、誰でも犯人にさせられる可能性がある。お前が犯人だと警察官、検察官がきめつければ、それで終りである。

無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会HP内の 「袴田事件とは?」 より。


恐るべき静岡県警。
かつてここに紅林麻雄という警察官 (警部) が所属していた。
この男は数々の事件を解決した名刑事であると言われ、数々の表彰を受けている。

しかし。
実情は真逆。
紅林は取調べにおいて拷問とそれによって得た自白をいかにして合法とするかを考案したとして、後に 「拷問王」 と評された卑劣な男。
紅林は様々な拷問の手法を考案したが、実行には直接関与せず、部下に指示を出していた。現在では名刑事としての評価は無く、無実の者から拷問で自白を引き出し証拠をでっち上げた上で数々の冤罪を作ったとして批判されている。また二俣事件における山崎兵八の書籍においては、真犯人と思われる人物からの収賄の疑惑も暴露されている。

幸浦事件、二俣事件、小島事件、島田事件の被疑者を拷問で責め落として、自白を取った。この4事件中、島田事件を除く3事件は一審・二審では有罪判決 (幸浦事件・二俣事件は死刑、小島事件は無期懲役) が出たが、その後に無罪が確定した。また、島田事件も最高裁で死刑判決が確定したが、その後再審で無罪が確定した。全てが冤罪であった。

1963年7月、幸浦事件の被告に無罪判決が確定したことを機に警察を引退。同年9月に脳出血により急死した。

wiki 「紅林麻雄」 より抜粋。一部加筆。

そして、この 「袴田事件」 では、かつて紅林の部下だった刑事が袴田巌さんを同じように拷問して、自白させたのである。
恐るべき静岡県警。
恐るべし紅林一味。



袴田さんがパンチドランカー (袴田さんは元プロボクサー) の症状を発症していたのも不運だった。
事態を正しく飲み込めていないまま、言われるがままに自白した事もあったかもしれない。


無実であるにも関わらずくだされた判決は死刑。控訴も、そして上告も棄却され死刑が確定。
一体どれほどの恐怖であっただろう。

塀の中で40年以上を過ごしている袴田さん。今では精神に異常をきたしているという。
お気の毒に。



この 「袴田事件」 に今日、大きな前進があった。

静岡県清水市 (現・静岡市) で昭和41年、みそ会社の一家4人が殺害された 「袴田事件」 の第2次再審請求で、袴田巌死刑囚 (76) のDNA型と、犯行時の着衣とされたシャツに付着する血痕のDNA型が一致するかどうか調べていた検察側推薦の鑑定人は16日、 「完全に一致するDNAは認められなかった」 との鑑定結果を出した。事実上の 「不一致」 とみられる。同日午後、弁護側、検察側が鑑定結果を受けて会見する。

今月13日に、弁護側鑑定人は 「一致しない」 との鑑定結果を出しており、両鑑定ともほぼ同じ内容となった。

今回、両者の鑑定が 「不一致」 となったことで、弁護側は再審開始に向けた準備を加速させるとみられる。確定判決では、犯行時の着衣を、袴田死刑囚の犯行と結論づけた 「中心証拠」 としており、13日の会見で小川秀世弁護士は 「死刑が確定した事件で捏造 (ねつぞう) があったことが裏付けられた。これ以上議論することはない」 と再審開始の意義を強調した。

ソース http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120416/trl12041611460002-n1.htm


これは久々に良いニュース。
DNAが不一致となれば、さすがに再審 → 釈放の流れになるだろう。
40年以上の時は取り戻せないが、身の潔白を証明できないまま死ぬのはさすがに辛いだろうし。

割に合わないだろうが、補償金もかなりの金額になるだろう・・・・でも、たとえ億の金額でも、やっぱり割に合わないよなぁ。


極論かもしれないけれど、もういっそ全国民の指紋とDNAを強制的に登録すればいいのに。
そうすれば未解決事件の犯人検挙にもつながるし、行方不明のままの人間も相当数発見されるだろうし。
何より犯罪の抑制にも繋がる。
やましい事がなければ拒否する理由がないよね。
安心して暮らせる社会が現実化できるなら、多少の窮屈さは俺なら我慢するよ。



<おまけ>
袴田巖さんから息子への手紙

息子よ。どうか直く清く勇気ある人間に育つように。
そして、お前の友達からお前のお父さんはどうしているのだと
聞かれたら、こう答えるが良い。
僕の父は不当な鉄鎖と対決しているのだ。
息子よ、お前が正しい事に力を注ぎ、
苦労の多く冷たい社会を反面教師として
生きていれば、遠くない将来にきっとチャンは、
懐かしいお前の所に健康な姿で帰っていくであろう。
そして必ず証明してあげよう。
お前のチャンは決して人を殺していないし、
一番それをよく知っているのが警察であって、
一番申し訳なく思っているのが、裁判官であることを。
チャンはこの鉄鎖を断ち切って
お前のいる所に帰っていくよ。


1983(昭和58)年2月の日記より


袴田巖さんから母への手紙

お母さん
僕の憎い奴は、
僕を正常でない状態にして犯人に
作り上げようとした奴です。
神様
僕は犯人ではありません。
僕は毎日叫んでいます。
ここ静岡の風にのって世間の人々の
耳に届くことをただひたすらに祈って僕は叫ぷ。
お母さん
人生とは七転び八起きとか申します。
最後に笑う人が勝つとか申します。
又、皆さんとで
笑って話すときが絶対きます。


1967(昭和42)年2月 母への手紙より




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