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やまさん風「三丁目の夕日」
カテゴリ: 思い出
20061028194559.jpg


昨晩から所用で実家に戻ってました。

写真は実家で使っている正真正銘の現役。
見た事すらない人もいるかも^^;

そうです。

黒電話

すごいですよねー。
私が子供の頃からずっと現役ですよ。

いつ頃から我が家にあるのかは定かではないけれど・・・
それは多分、私が幼稚園だか小学校低学年の頃から。



電話が無かった頃、どんな生活だったか。
覚えている方、もしくは知っている方います?

私、覚えてる。
一般家庭はもちろん、公衆電話もまだそんなに普及していなかった頃。
正式な名称は忘れたけれど「共用電話」とでもいうべきものがあった。

我が家の例を挙げれば・・・・
我が家から、100メートル程離れたHさん宅にそれはあった(我が家は住宅街にあった)
今にして思えば、さぞHさんは大変だったろうと思う。
本来はHさん所有の電話なのだろうが、その電話に周辺住民宛ての電話がかかってくるのだから。
我が家に電話がかかれば
「○○さん、××さんから電話ですよー」
と、我が家までHさんの奥さんが走って呼びに来る。
もちろんその時代に、コードレスなんてある筈もない。
呼ばれた母も走ってHさん宅に急ぐ。

え?こちらから電話をかける時?
もちろんHさん宅からかける。
だからその電話は玄関先にあった。家に上がらずとも電話が出来るように。
たしか・・・おぼろげな記憶で申し訳ないが、公衆電話のように硬貨を入れないと話せなかったような気がする。

では夜中の緊急の連絡は?
電報だった。
さすがに「共有電話」で、夜中の電話は誰しも遠慮する。

ここまで書いて思い出した。
少なくとも、私が小2の頃までは我が家に電話は無かった。

私が小2の時に、父方の祖母が亡くなった。
祖母が危篤状態に陥った時、父の実家からの電報でその知らせを受け取った。
父方の実家は結構な豪農で(ホントに凄い)電話はもちろん、テレビもかなり早く購入していた。
まだ「街頭テレビ」で力道山が、外人プロレスラーを空手チョップでめった打ちにしていた時代の話である。

話が横にそれたけれども・・・。

やがてHさんもそんな毎日を負担に感じたのだろう。
「共有電話」をやめた。
それをきっかけにしたのか、電話の普及率が高まっていた頃だったのかは定かではないけれど、我が家にも電話がやってきた。

それが写真の黒電話。
今時コードレスでもなければ、留守電機能も無い。

しかし、なんともいえない「味」がある。
あの呼び出し音も、いかにも「電話の音」ってな感じがする。

古いものにも魅力ってありますよね。

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Edit / 2006.10.28 / Comment: 9 / TrackBack: 0 / PageTop↑
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「ブログもプロレス」をモットーに楽しんでもらえるブログ作りを心がけてます。
どうぞ皆様御贔屓に。

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